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逢い引き

今まで鑑賞した映画、ドラマの感想などを語ります(*´-`)

ラ・ラ・ランド-LA LA LAND-

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ラ・ラ・ランド!観て来ました!

 

この監督の前作、セッションを観ていたので気になっていたら、こんなに世界で騒がれていた映画だとこの間知り、驚くばかりです。

 

 

その監督の映画というだけでこれほど騒がれたのなら、よっぽど優秀で前途有望な監督なのかと思いましたが、なんというか、ラ・ラ・ランドは思っていたのとちょっと違いました。

 

別に批判というわけでもなく、ただ思っていたのと違うというだけですが、まずは、何を伝えたかったのかしら?という疑問がありました。

 

 

 

どの映画も、作るのには大幅な労力と時間を要します。だから、適当な理由や目的を当てると、まあこの世には映画などありふれていますから当然輝けずに終わってしまう。

 

様々な人間が必要で、いろんな機械や設営、場所も必要な映画は、小説など、(もちろん最終的にはいろんな人手を要するのは同様ですが…)1人作業でとりあえず進められるものと違って、1人じゃとてもできない作業。

 

だからこそ、何か伝えたいことがあるとか、目的とかが明確であることが、規模の大きい映画製作にとっては、絶対的に必要な大きなモチベーションになると思っています。

 

よって、映画は伝えたいことが明確に伝わって来たりするのです。ロマンスを徹底的に追い求めたとか、人生のつまづきを乗り越える人々から何かを学んで欲しいとか。

 

この監督は、何をこの世に問いかけているのか?と思ったわけです。

 

 

ただのラブロマンスなのか?

 

 

夢を追う人の話という点ではセッションと似ていた気がします。セッションに関しては夢というよりは才能への執着心といったほうがしっくり来ますが…

 

ラ・ラ・ランドでは、純粋に夢があって、それを現実にするために努力と挑戦をし続けている、という感じでした。

 

そっちの方が綺麗というか、私たちにも自然な感情ではありますね。セッションは、ちょっと真似できないかも笑

 

 

あとは普通に、最後が気に食わなかった!単純に!!笑

切ない!

私ハッピーエンドじゃなきゃ余韻を延々と引きずるタイプなんで、これもしばらく続きそうです( ;  ; )

 

まあ、思ってたのはもっと、強烈に伝わってくるメッセージみたいなのがある!って感じだったから、思っていたのと違う…となったわけです。

パンフレットには、なんか大仕掛があるって書いてたけど、どれなんだろうって思ってました…

 

 

でも、すごく音楽が好みで、あとはキャストが大好き!あと、普通にオススメってところたくさんあるので、次から書いていきます!( ˆoˆ )/

 

 

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では長くなりましたが、ここでキャストの紹介です。

 

 

まずジャズをこよなく愛するピアノマン、セバスチャンにライアン・ゴズリングです。前記事の"君に読む物語"の映画でも主役を務めた彼です!

 

この2作を続けて観たのは良かったと思っています。ライアン・ゴズリングの魅力にどっぷり浸かれたからです笑

 

彼の自然な愛情演技に魅了されてしまって、今ではすっかりファンです笑

 

とってもリラックスしつつ生活中の愛情を大切にしている感じが、君に読む物語でもラ・ラ・ランドでも現れていて、これは本来の彼自身もこうなんじゃないかと思うほどです。

 

切ない笑顔の素敵なこと!2つとも同じ友達と観ましたが、あの笑顔に感嘆していました。

 

 

次に、女優を目指してオーディション三昧の彼女、ミアの役にエマ・ストーンです。アメイジングスパイダーマンで完全に有名ですね。

 

この映画を観て思ったのですが、あのちょっとハスキーな感じが病みつきになりそうな、素敵な声の持ち主でした!

みなさんも是非歌声でより強調されるハスキーボイスに特に耳を傾けてみてください。

 

 

あとは、特に主要人物がないので(ずっと2人ばかりライトが当たっているから…)紹介しませんが、ちょっと面白かったのが、セッションでものすごい迫力の演技を見せたJ・K・シモンズがちょっと脇役で出演していたのにくすっと笑ってしまいました。

 

 

では次からやっと!ネタバレありあらすじと感想に移ります。

 

 

 

 

 

ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック

ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック

 

 

 

 

ネタバレありあらすじと感想

 

 

初っ端からどかんと来ます。交通渋滞の中の1つの道路で繰り広げられるパフォーマンス!

曲は"Another Day Of Sun"。リズム感のあるスタートで、インパクトもありましたが、ちょっとごちゃごちゃしすぎてたなぁという気はします。自転車パフォーマンスとか。まあすごい出だしでした。

 

 

そのまま季節が夏→冬と流れるという設定で、主人公2人初対面!

渋滞の中後ろの車にけたたましくクラクションを鳴らされたミアはその男ーセバスチャン(以後セブ)ーに中指を突き立て、あっちも中指を突き立てたのを見て、なんて男、と愚痴るのです。

 

確かに初対面にしては面白い。こういう流れちょっと好きです笑

 

 

次にミアのカフェでのバイトにシーンが移ります。 

ミアは夢のためお金を稼ぎながらオーディションを受けまくっている日々を送っています。

その日もオーディションで、バイトは全くの適当さ!よくクビにならないねって感じ(  Ꙭ )

 

オーディションの時間が迫っているのを見てやばい!となった彼女は慌ててバイト先を出ようとしますが、慌てたせいで前から来た男性にぶつかってしまう。彼の持っていたアイスコーヒーが服にびっしょりかかってしまいますが、仕方なくオーバーを引っかけてオーディションを受けます。

 

 

出だしからうまくいかなかったオーディションに気落ちしながら家に帰ると、同居している友達がパーティに出かけようとミアを誘い始めます。また音楽スタートです。

曲は"Someone In The Crowd"。

 

女子4人で楽しそうに踊り歌うこのシーンは、本当に可愛らしく年頃の女の子たちの戯れそのものです。

 

 

最初はバイトだからと頑なに誘いを断るミアですが、3人が外に出てしばらくするとミアも着飾って出てくるので、4人で喜んでパーティに出かけます。

 

パーティのシーンで、喧騒から逃れたミアが静かに歌を引き継ぎます。

ゆっくりとそこ(たぶん化粧室)を出るシーンがとっても素敵です。

周りはストップモーションで、みんな一つがいで、ミアだけ独りで…

ゆっくり人を押し分けて歩いています。

 

こういう音と周りの動作を取り去って特定の人を動かすストップモーションという技法が、私は好きです。

素晴らしい映像美だと思いませんか?

ここまでその主役を際立たせられる手法もまたとない気がします。

こういうのを観ると必ずぞくぞくしてしまって、鳥肌がたって震えてしまいます。

 

 

 

パーティには、紹介などで女優になれるかもしれないという狙いもあるようですが、とりあえずミアは途中からまた憂鬱な気持ちになり、抜け出します。

 

すると車がない!

もう完全にイラつきながら歩いて帰っていると、通りかかったあるバーの中から仄かにピアノの音がする。

 

心惹かれて入ると、渋滞のあの男がピアノを弾いていて、ミアはその音楽に魅せられてしまいます。

 

 

 

そこでシーンはその男、セブの1日に移ります。

 

セブが新しい(らしい?)家に帰ると、姉が勝手にいて、大切な椅子に座って早速説教をかましてくる。

ただちに姉弟喧嘩突入、しかし姉は全くセブなど相手にせずに言うだけ言って帰ってしまいます。

 

 

セブは、意にも介さずピアノを弾き始めます。

 

それから、バイト先のバーで、雇い主の選曲した曲を好きでもないのに弾き、そのうち鬱々とし始めます。

周りを見渡すと、誰もこっちを見ていない。聴いているかすらあやしい。

 

 

セブは、そっと、迷うようにあてもなく何かを弾こうとし、そこから迷いを忘れてピアノに没頭してしまう。それがこの映画のテーマ、"Mia & Sebastian’s Theme"です。

 

 

 

それを、ミアは聴いたのでした。

 

この、偶然なのか必然なのか、という感じの出会いって素敵ですよね。

しかもその奏でる音楽に惹かれて、なんて。すごくロマンチック!

しかも演奏後彼が周りを見渡した時、きらきらした目を自身に向けているミアと一瞬目が合うのです。

本当に綺麗なシーンでした。

 

 

しかし、セブはその演奏のおかげでそこをクビと言われ、最高級に苛立ちつつ立ち去ります。話しかけようと近寄ってきたミアを見向きもせず退けて。

 

後にセブが自分で言い放ちますが、最低非道ですね笑

ミアは、あまりの屈辱感に笑ってしまいます。

 

 

 

次のシーンです。

季節は変わり、ミアはまた他のパーティに例にたがわず出かけます。そこで演奏していたグループのピアノが、あの最低男だった!

ミアは、意地の悪い笑顔で近寄っていきます。笑

 

そして、I Ran という曲をリクエストします。

 

そこでセブはミアを思い出し、演奏後ミアを探して話しかけます。

 

ミアは皮肉たっぷりで応対するので危うく険悪な雰囲気になりかけますが、セブが、あの時はすまなかった、最低非道で無礼極まりなかったと謝り、雰囲気も立ち直します。 

 

 

それから名前を聞き、帰る時に一緒になるのですが、そこで2人は、こんな偶然に何度も会うのに面白がります。

 

 

そこでまた曲スタート。

曲は"A Lovely Night"。

セブから歌い始めます。

ミアとセブは、絶対にこの人とは恋心は生まれないと歌いながらも妙な雰囲気になっていくのを止められません。そのうち2人はステップを踏み始め、共に踊り出します。タップダンスがとっても素敵です。

 

そこの曲調の変わるところはたまりません!ほんとに素敵な曲調!!

 

偶然の再会にだんだんお互い惹かれ合いつつ距離もとりたい…という微妙な心境がうまく表現されていて、本当に素晴らしいシーンでした!

 

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最後2人の距離が近づき、キスする…と思いきや、

突如ミアのスマホが着信を知らせる音で2人は我に返り、ミアは電話に出ます。

 

電話したのは付き合ってまだ日の浅い彼氏で、セブは目敏く相手が彼氏と知ります。

 

ミアが少しの心惜しさを抱えつつ車を探すと、すぐそばに車がいて、そのまま2人は別れてしまいます。

 

 

 

これで2度と会わないと本当に惜しいと思いますが、ちゃんと数日後、ミアの働くカフェに偶然セブが訪れて再会を果たします。

 

ミアはちょうど上がる時間で、セブと共にカフェを出て歩き出します。

そこでお互い夢など語ったりしますが、そこでミアの"ジャズなんて嫌いよ"という発言に反感を持ったセブがミアをジャズバーに誘い、ジャズについて熱弁するのにミアも笑ってしまいます。

 

バーを出てから、オーディションのために参考になる映画を一緒に観ようとセブが誘い、ミアも乗って、次の約束をして別れます。

 

 

それからセブは海岸に行き、1人夜のロサンゼルスを眺めながら、哀愁を漂わせ、歌い出します。

曲は、賞ももらったという"City Of Stars"。

短調で少し寂しげな曲調がこの映画に今までとは違った色を加えてくれていて、とても素敵なシーンでした。

 

 

 

約束の日、ミアがどういった服装で行こうか迷っている時彼氏が来て、今日兄と会うんだから早く準備してと言います。ミアはそのことを完全に忘れていて、セブを気にかけつつも彼氏と出かけます。

 

しかし、兄カップルと彼氏と話している内容も気に食わず、セブは気になるしただただ憂鬱なミア。

 

急に流れ出した音楽が、かつてセブの弾いた、あの魅せられた音楽に聞こえてきて、だめだセブの元へ行かなきゃ…!となり走り出します。

 

 

セブはミアが待っても来ないので入って観ながら待っています。

そこへやっとミアが入ってきます。

スクリーンのど真ん中に立って周りを見渡しているミアを見つけたセブも立ち上がります。

 

個人的に、映画観てるのにその真ん前に突っ立ってるって、よく苦情言われなかったなと思って面白かったです笑

 

 

 

ミアはセブの隣に座りますが、この間の2人の雰囲気、気持ちの高ぶり、そしてあの魅せられたセブのピアノ…!

 

セブへの感情が募ってきたミアは手を少しセブの方へ近づけます。

するとセブもそうだったのか、手が少しずつ触れ合い、ついに結び合います。

 

だんだん顔が近づき、キス…!と思いきや、そこで映画が終わり、電気がつきます。

2人は、前も今回もタイミングが合いすぎることに吹き出し、ミアが、私に良い案があるわと言ってセブの手を引いて歩き出します。

 

 

着いたところは、さっき観そこねた映画のシーンに出ていたプラネタリウム

2人は妙な雰囲気のままそこへ足を踏み入れます。

 

そこでまた音楽が流れ始めます。

曲は、"Planetarium"。

2人は手を取り合って踊り出します。

 

実際に観るとわかると思いますが、スイッチの入ったプラネタリウムとその演出のおかげで、2人はまるで満開の星空の下浮かび上がって踊っているように見えます。

非常にロマンチックで素敵なシーンでした。

 

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そしてやっと、2人はキスをして付き合うことになったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

夏が来て、2人のデートを幾度も重ねる様子が流れます。

背景音楽は、やはりジャズで、"Summer Montage/Madeline"。

 

ミアが1人芝居を作ってセブに披露してセブがそれを現実にしなよと言っているシーンが出てきます。

ミアとセブは、お互いの夢を全力で応援し、自身も全力を尽くす素敵なカップルでした。

 

セブが、ミアを連れて行ったあのジャズバーでピアノで働いている場面で、この流れるような映像は終わりを告げます。

 

セブが働き終えて2人そのまま座って話していると、セブのかつてのバンド仲間のキースと偶然出会うことになります。

 

キースは自分のバンドが契約したからこれから儲かるだろうといい、セブをピアノに誘いますが、セブはきっぱりと断ります。

 

 

 ミアとセブがその後セブの家に帰宅して、セブの夢の店について話すときにミアがキースの話を出すと、キースは変なやつだから嫌なのだとセブは嫌な表情を浮かべます。

 

 

しかし、次の朝に ミアが母との電話でセブの話をする時、お店を建てるお金はあるのという質問に、貯金があるんじゃないと答える声をセブは聞き、お金がなかったセブはバンドに入ろうと決意します。

 

 

私は、この電話が決定的なすれ違いを生んだと思っています。

ちょっとでも言葉には細心の心遣いをすべきだなと痛切に思うシーンでした。

 

 

それから2人は、生活が忙しくなっていきます。

ミアは一人芝居の本格的な発表に向けての準備、セブはバンドの準備。

 

 

ほとんど2人でゆっくり過ごせなくなった合間の2人の時間は、より大切に思えます。

それが一番表れたシーンが次。ミアが帰宅するとセブがピアノの前に座っていて、ミアの姿を認めると歌い始めます。"City Of Stars"。

 

ミアは微笑みながら見ていますが、途中から共に歌い始めます。

このつかの間の休息のような2人で分け合う幸せを見せてくれた監督に感謝ですね笑

とっても素敵で、観る者も幸せになるようなシーンでした!

 

 

 

それからセブのバンドが初ステージを迎えます。

ミアも行きますが、あまりに今までのセブと違いすぎて、場違い感を感じてしまう。セブもなんか遠くなっていく…(実際はミアが押し流されていっている)。

 

それからはもうほとんど会えない。

ミアは何かが違ってしまったと漠然と思いながらも一人芝居の準備に追われ続けます。

 

 

本番がすぐそこに迫ったある日、ミアがセブに留守電で、"今どこか知らないけれど…I miss YOU..."と言って帰宅するとセブがサプライズで立っていました。

 

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2人は大変に喜んでセブの用意した食卓につきますが、セブもあまり好きじゃないバンドにのまれ、何かを見失っていて、ミアも、バンドでこれから2年以上世界中ツアーするという言葉を聞いて、呆然とします。

 

セブは一緒行こうと誘います。ミアも本番がすぐそこだから行けないと答えますが、だんだん苛々してきた2人は喧嘩に発展します。

 

セブが、君が定職について欲しそうだったから入ったんだと言い、君は落ちこぼれている僕が好きで、優越感すら感じていたんだ、と言うと、ミアも、本気なの?と言い、2人ともすれ違いと漠然とした別れを感じ取ります。

 

 

 

ミアの本番の日、セブは行こうとしますが、仕事だと言われ、間に合いませんでした。

ミアも思ったより人もいないし、最悪だったなという言葉を聞いて完全に落ち込んでしまいます。

 

 

帰ろうと出て行くと、セブがいて、もう立ち直れない実家に帰るわとミアがセブを押しのけて実家に帰ってしまいます。

 

 

セブももう終わりだと思っていたある日、ミアと連絡したいという電話を受けます。

 

あの芝居に大絶賛した人が、ぜひオーディションを受けにきて欲しいという電話で、セブは大急ぎでミアの実家に向かいます。

 

 

夜、ミアが家族とリビングにいると、付き合っていた頃いつも家の前で鳴らされていたクラクションが聞こえてミアは耳を疑います。

 

外へ出ると、セブが事の次第を話し、明日朝8時に来るから来なかったらもう知らないと言います。

ミアも、もう立ち直れないと切実に訴えますが、セブは君は臆病なんだと切り捨ててしまいます。

 

呆れてしまったミアが、しかもなぜ私の実家が分かったの?来たこともないくせに…と呟くと、図書館の前じゃないかとセブは答えて行ってしまいます。

 

実家のある地域と、図書館の前だと言ったのは、セブが偶然ミアの働くカフェに訪れた日にミアが話していたことでした。

 

 

私は、ちょっと感動してしまいました。何にって、こういう小さなことを覚えているほどミアとの時間を思い出に大切に持ち続けているってことじゃないですか。本当に良い付き合いなんだろうなあと感じます。

 

 

次の日セブは言った通り来ますが、ミアがいないので失望して出ようとしたところコーヒーを持ったミアが出て来て車で出発します。

気の短いセブに少し笑ってしまいます。

 

 

オーディションで、何か語ってと言われたミアは、自身の夢を語り出します。途中で歌になります。切なる表情には、思わず胸を打たれることでしょう。

 

 

終わってから2人で初めて共に帰って妙な雰囲気の中踊ったあの場所で、これからの2人のこととかを話します。これからは、ミアはパリ、セブはロサンゼルスで…

 

僕たちのことは、様子を見ようとなります。

最後2人は愛を告げあって。

 

 

 

そして5年後!

ミアは女優として成功し、子供ができている…

夫と思しき男性と夕方デートに行き、偶然入ったバーのマークを見てミアは驚愕します。セブに勧めたミアが作ったマークだったから。

 

 

恐る恐る入るとセブがいて、ミアと目があって、…セブは、「ようこそセブズへ」と言い、あのミアが魅せられた音楽を弾き始めるのです。

 

 

 

そこで初めてこの曲を弾いたバーにシーンがすり替わります。

 

若きミアが、クビを宣告されたセブにかつて押しのけられた部分を変えて、セブに猛烈に口づけされ、2人で歩めただろう幸せな5年の歳月の映像が、今まで流れた全ての音楽のメドレーと共に流れます。

 

 

思わず現実かと思ってしまうほど濃い映像です。

しかし、最後セブズに偶然セブとミアで訪れる

 シーンに来るところで不意に現実に戻り、ミアは現実の夫と、その曲を悲しみと共に聴いているのです。

 

 

夫が帰るかと言って外に出るときセブの方を振り返ると、セブもこっちを見、2人はしばし見つめ合います。

 

 

最後セブは微笑み、ミアも微笑んで、

2人は自身の現実に戻っていきます。

 

 

 

 

これでエンドロールが流れた時は叫び出しそうになりました…最後まじでキツイです。だったら会わせるなよ〜〜〜!って感じ。絶対もう2人の未来はないって分かっちゃうシーンだから尚更キツイ!結局2人は別れたんだと絶望してしまい、一時立ち直れなくなるところでした…

ミアも結婚しないでセブとまたくっつけばよかったのに!という無念な気持ち⸜( ⌓̈ )⸝

 

 

でも、2人の年齢を考えたらちょっと納得はしました。セブはちょっと不明ですが、ミアは最後のシーンでは計算してみたら少なくとも30代に入ってるところです。だから仕方ないのかもという気持ちでした。

 

 

 

最後に現実を突きつけられた気持ちでした。

まだ私は割り切れていないけど、私の妹は最後のシーンがあったからこの映画は良いんだよと言っていたから、もしかしたらそうなのかも。笑

 

 

 

でも全体的にすごいインパクトと余韻を残していったくらいには素敵な映画でした!

 

すっごい長くなってすいませんでしたm(_ _)m

ここまで見てくれたなら感謝って感じです。ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君に読む物語-The Notebook-

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君に読む物語は、完全なるラブロマンスです。アメリカで大ヒットした小説-The NOTEBOOK -を映画化したもので、私は2回観ました。とても泣けます( ;  ; )

 

 

映画は2004年公開で、結構前の映画なのですが、何度観ても観るごとに感動する、素晴らしい映画です。

俳優さんは、今上映しているアカデミー受賞の映画、ララランドの主人公を受け持っている、ライアン・ゴズリングで、女優さんは、スポットライトなどに出演しているレイチェル・マクアダムスです。

 

 

 まずは、アリーの可愛さに圧倒されます。

笑い方がとても素敵で、思わず惚れそうになります。主人公が惚れるのも理解できますね笑

 

そして、ノアの口説き方!そして執心深い誘い!こちらもとても微笑ましく、2人とも可愛らしいカップルです。

 

 

そして圧倒されるのが、ノアの愛の大きさ!

観ていると、 ノアの心からの大きな愛に少なからず感動するし、ここまで愛されるアリーが心底羨ましくなります。

 

 

最後には思わず一緒に観ていた友達と2人で涙してしまった、感動の一作!愛に泣きたい時にオススメの映画です。

 

 

 では次からネタバレあらすじと感想です!⬇︎

 

 

 

 

ネタバレあらすじ

 

あらすじいきます。

 

シーンは、ある介護ホームから始まります。

ある認知症の女性のもとにある男性が読み聞かせに訪れるのです。

 

 

男性がその物語を読み始めるとシーンが変わり、アリーとノアの出会った40〜50年前の遊園地に遡ります。

アリーは夏だけ休暇にノアの住む田舎に遊びに来ているお嬢様。ノアは遊園地でアリーを見かけ、完全に一目惚れします。

 

最初はアリーはノアのナンパを頑なに拒み続けますが、何度も誘われるうちに少しずつ興味がわいたのか、家までの道を共に歩くのをOKします。

そこでノアに、"君自身が好きなこと、したいことはなんなのか?"という、アリー自身を見てくれるようなことを熱心に言われ、心が砕け、その日を機に付き合い始めます。

 

 

 2人はすごい熱烈に愛し合いますが、壁が多すぎました。

 

まず、家柄が違いすぎた。

アリーは大金持ちのお嬢様で大学狙いで習い事で毎日を送る日々。それに比べノアは材木所で時給数セントで働く田舎者。

 

教養の違い、生活の違い、考え方の違い…極めつけに、アリーの両親が猛反対し、元の家に帰る予定を早める始末。

 

 

その後ノアは1日1通手紙を365通書きますが、アリーの母がそれを全て隠してしまい、アリーは受け取れず、ノアも返事が来ず、すれ違ってしまう。

アリーは7年待ちますが、そこで告白された人と結局付き合うことになります。

 

ノアは365通目の手紙を出すと、都会に出て働き、そのうち戦争に行きます。

帰宅してみると父が、ノアが欲しがっていた土地を購入してくれていて、それにアリーと思い描いていた家を建て始めます。

 

 

その間にアリーは恋人が大富豪だったことで両親も気に入り、婚約します。

 

運悪くノアは街でアリーとその恋人を見かけ、完璧に家を建て終えたらアリーがまた自分のものになると錯覚し、何かに取り憑かれたように建築をします。

 

 

 

 

 

 

建て終えた家をノアは売ろうと決心し、新聞にあげますが、来る人々をことごとく様々な理由をつけて断ります。

 

その新聞記事を、アリーは結婚衣装試着室でちょうど見かけ、気絶してしまいます。

そしてノアに会おうと決心します。

 

 

 

家のそばの湖でノアとアリーは舟で遊び、その帰りに嵐にあいます。

そこで何かが吹っ切れたアリーがなぜ手紙をくれなかったのかと問い、ノアは365通出したと答え、2人は激しく抱き合います。

 

ノアの家のアトリエを見てアリーは、家が自分の望んだ通りなのを見て感慨を感じます。

 

 

 

いく日もアリーが不在と見た恋人と家族は、だいたい状況を察し、母がノアのうちに訪れます。

 

アリーと母が激しく言い合う中、母が出かけようと言い、ノアがかつて働いていた材木所に訪れます。

 

そこで母はかつての自分の一夏の恋を語り、その相手を指差します。そして、パパと結婚して本当に良かったと泣きます。

その後ノアの家に戻り、ノアのかつての手紙を手渡したのち、良い決断をと言って母は去ります。

 

 

 

ノアはやっと手紙を受け取ったねと笑いますが、2人はお互いに先へ進む一つの決断が迫っていることを実感します。2人で進むか、離れるか…

 

別れ際、ノアが、君が誰を望み、何を幸せと感じ、何を望むのか?他の人への迷惑や傷は考えなくてもいい、ただ君はどう思うのか?と、出会った頃と同じ問いをまた問い、僕は君を望む、君を愛していると言うのです。

 

君があっちに戻ると言うなら僕もそう思おうそれが君の幸せなのだと思うよ、と言い、アリーは泣いて笑い、恋人の元に一旦戻るといいます。ノアはその言葉で完全に落胆します。

 

 

 

ここでシーンが変わり、老人ホームに舞い戻ります。

ここまでも時折老人ホームに戻っていますが、シーンが変わるタイミングが微妙で、ここには書けませんでしたm(_ _)m

 

 

認知症の女性、実はアリーなのですが、アリーはずっとその先どうなるのと男性ーこれまたノア自身なのですがーにずっと問い続けるのです。

 

そこでノアが、それは君自身が知っているのではないかな?と言い、アリーが、そう…そうだわ、そうだったわね…とつぶやき、シーンが変わります。

 

 

 

アリーがホテルに行くと恋人が待っていて、アリーを、誰かを思う君が欲しいんじゃないと言い、僕だけの君が欲しいのだと言います。

しかし、君の幸せだけを望むと送り出してくれます。

 

次の朝、ノアは物音で目を覚まします。

外に出てみると、アリーが大荷物を持って立っていて、2人で笑い合います。

 

 

 

ここでまたシーンが戻り、アリーが、あなた、これは私たちの物語じゃない、思い出した、思い出したわ、私どれくらいまた記憶を失っていたの?とノアに聞きます。

ノアは、ちょっと君が遠くに行っていただけさ、なに大丈夫、またこう戻ってきてくれるのだからと言い、アリーを優しく抱きしめます。

 

アリーが、前は何分持った?と聞くと、ノアが、前は5分も持たなかった、まあ今はこうしていようと言い、2人で曲に合わせてゆっくり踊ります。

 

 

そのうち急にアリーがあなた誰?なぜ私にダーリンと言うの?他人じゃない!あっちへ行って!誰か助けて!と叫び、人々に押さえつけられて薬を投入され、アリーの苦しそうなのとノア自身苦しいのとでノアは嘆き泣きます。

 

その次の日、ノアは心臓が悪くなって病院に運ばれ、長い間入院します。

 

 

アリーは覚えているはずはないのですが、ずっとノアを探すような仕草をしています。

 

ノアが退院した日、アリーを見に夜部屋を出ます。

そこの看護師さんに暗に許可してもらってアリーのもとへ向かうと、アリーが起きて、心配したと言い、奇跡が起きて2人で一緒に死ねるといいねと言います。

ノアが、奇跡が私たちならできないことはないよとつぶやき、アリーの隣に寝そべります。2人で手を繋いで、寝るのです。

 

 

 

 

朝その看護師がアリーの部屋に行くと2人は手を繋いだまま静かに息を引き取っています。

 

 

 

映画はここで終わります。

 

 

 

 

 

感想

 

 

まず、最初にも述べましたがノアの愛が泣ける!

認知症のアリーのために、記憶が戻るために、アリー自身で書いた物語を読み聞かせ続ける彼、アリーのそばを決して離れない彼、アリーの願いならなんでもできる彼…

本当にこれほど人を愛せるのか?と思うほどの愛情に涙が止まりません。

 

アリーを見ながら、苦しみながら、それでも愛する彼に思わず賞賛を送ってしまいました。

 

これを観たら、人々はまず愛するということを学び、その難しさと苦しさを感じ、そして、人は金で生きるのではなく、愛で生きるのだということをひしひしと感じると思います。

 

 

私たちの多くは、ここまでして誰かを愛そうと思えません。自分が辛いからです。

だからこそこの映画が光るのでしょう。

 

 

この映画は、多くの大人が自分の子供たちの熱愛を一夏の恋としか思わないような恋も、実はこれほど深い愛になりうるのだということも見せています。

 

幼いからといって本気の恋をできないわけではないのだと、私も時折叫びたくなりますが、この映画を観て、一生涯にこれ一つというこの2人のような愛をしたいと心から感じます。

 

 

何もかも違っても愛があれば生きていける、というのは難しいと思いますが、この2人は、そうしながらもお互いに合わせあっていけたのだろうと思います。合わせようと思えるのは、愛あればこそでしょうし…

 

 ノアのアリーへの問いも心を打ちます。

君自身はなにを望む?という問いは、アリーだけでなく、今時代の波に飲まれ必死に忙しく毎日を送る私たちすべてに対する問いかけではないでしょうか?

私たちも実は私たち自身の望みを知らないのではないのでしょうか?

それとも日常に飲まれて忘れていないでしょうか?

 

…気づいたら、

私たちは地位や金は得ても、何か大切なものを失っているのかもしれません。

 

 

 

今現在、私の周りにも多くの恋や愛があって、色んな人が愛し合い、心を分け合い、生きていますが、

こんな愛ができるのならなにを捨ててもいいって、私は思ってしまいます。

 

私自身、好きな人がいますが、

この映画のように、彼と奇跡のような日々を過ごし、愛し合い、想いをぶつけ合って生きていけるのならそれ以上の幸せはないと思います。

 

 

 

この映画を観たみんなが、暖かな愛を感じ、満ち足りた幸せを感じられたらと願います。

 

 

ここまで読んでくださってありがとうございました(*´˘`*)

 

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沈黙-Silence-

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  昨日、「沈黙」を映画館で鑑賞してきました。

 

この文章を書こうと思い立ったのは、映画鑑賞後、沈黙の感想をネットでいくつか見ているうちに、ほとんど無神論者、無宗教者であるからか、私と全く違う感想が出ていたからです。

 

少なからずショックでした。

批判しているのではなく、信者でない方はこういう風に違う見方をするのかと驚いてしまったのです。

 

しかし、やはり信者から見る視点も必要だし、信仰的に解説してみるのも悪くないと思い、書くことに決めた次第です。

 

私はこの原作を結構前に一読しているので、それなりにストーリーも下地で知っている状態での鑑賞でした。映画自体は、さすがキャストも豪華で監督も有名な方なので、ものすごい出来でした…

 

  演技は、多言語(英語、日本語、ポルトガル語ラテン語)が交わされる中でもほとんど浮くことなく、自然体そのものの迫力あるもので感激しました。

 

  背景の音楽はほとんどなく(気づかず)、背景の海の波の音であったり、虫の声であったりと、ほんとに淡々とした雰囲気がよく出ているなぁと感心しました。

 

  そして、最初から出る拷問シーン。初めから飛ばすなぁと鳥肌立ちました。

拷問シーンや、百姓たちとパードレとの時間、捕まってからの時間、そういう一つ一つを丁寧に説明するようにロドリゴの手紙を朗読で流しているのも印象的な演出でした。

ロドリゴの内的変化が浮き彫りにされる最も効果的な演出だと思いました。

 

最後までずっと緊張感を持って観るしかないような、謹厳かつ恐怖心が常に伴う映画でした。

途中手紙の朗読のみで退屈してしまう人もいるかもしれないのですが、内的変化に着目するとものすごく最後あたりで震えます⸜( ⌓̈ )⸝

 

  ではこれまではネタバレなしの感想でした。

次からネタバレあり批評あり原作取り入れた解説ありの感想です((( ⍥ )))↓

 

  1. 原作取り入れ映画解説(キリスト教徒から見る視点と批判)
  2. ネタバレありの感想

 

 

1.原作取り入れ映画解説(キリスト教徒から見る視点と批判)

  まず原作の説明の前に、沈黙(小説)の作者、遠藤周作について簡単に説明したいと思います。

 

 

遠藤周作は、第二次大戦を体験している世代の人です。ですから沈黙は半世紀ほど前の小説ということになります。

 

周作は自称カトリック信者ですが、死ぬまで自身の信仰について疑問を感じていたようです。その疑問と歪んだような信仰が作風に現れているのが、今回の沈黙であったり、侍、深い河、黄色い人…といった多くの小説です。

 

その傍ら、狐狸庵先生という呼び名でユーモア溢れる文章を書き楽しんだりと、多彩な文章を書いている作家でもあります。

 

 

  彼の家庭環境はあまり良いものではなかったそう。父親が不倫、そして離婚…

周作とその兄は母に連れられて16歳も年下の女と再婚した父親のもとを離れます。そこで母方の叔母さんの影響でカトリックの洗礼を受けます。中学生の頃です。

 

それからカトリックと信仰と日本文化とで相まって、カトリックを異文化に感じる違和感などで悩み続けます。それは歳をとってもなくならず、しかしある人の他宗教の考え方で完全に自分の違和感を克服したようです。

「深い河」で完全にそのギャップを自分のものにしたことが現れています。

  

 

  小説「沈黙」は、その悩みと葛藤の真っ最中に書いたもので、それが最も強く現れている小説といっても過言ではないでしょう。

特に、遠藤周作自身、「登場人物のキチジローは自分だ」と明言していたようです。

 

 

  キチジローは、信仰に強い憧れを持ちつつも、拷問は怖いから、自分は弱いから仕方ないと開き直っていて、踏み絵や棄教を迷わずしてしまいます。それから許しを乞い、また次の瞬間同じことを繰り返す、なんとも言えない人間像です。

 

 

  主人公ロドリゴは、自分の師フェレイラ神父の信じがたい噂を聞き、信仰の友ガルペと日本長崎に行きます。そこで少しずつ百姓の隠れキリシタンと会い、それなりの役割を見つけた所で村に役所からの疑いをかけられ、実際の拷問を観ることになります。

そのきっかけで少しずつ信仰心に揺れが出来始め、ガルペとも生き別れ、一人で神と触れようとしつつ神のことが分からなくなるという葛藤…

 

 

神はなぜこのような試練を私たちに与えるのか?なぜここまで追い詰めておいてもなお沈黙されるのか…!という所が小説の主題です。

 

 

 

  私は、ロドリゴの葛藤とキチジローの飽きのない罪の反復は、周作自身の葛藤を表していると思います。

また、この小説は一体何を言いたいのか?何をここまで切実に伝えているのだ?というのは、私がキリスト教徒だからこその視点かもしれませんが、文章一つ一つが全て、遠藤周作の絶え間ない弁明に聞こえるのです。

 

この文章をかくにおいて私も色々調べましたが、遠藤周作の信仰感は、キリスト教の視点から見ると、あるヨーロッパの神父さんも批判していますが、間違っています。

 

神の度量を自分の度量で理解しようとしても不可能です。

彼は、キリスト教の神を、人間の度量ほどの神としか認識していないのです。

実際は、全知全能の神と言われる方であり、人間の度量、理解を超えた大いなることを示す方です。

遠藤周作は、結局、信仰を持っていなかったのだと思います(あくまでも私個人の意見ですから反感を持たれたらすいません)。

 

よって、その葛藤は少なからず聖書にそっていないため、信者という自覚があるなら、自身の葛藤の傍らに、罪悪感が常にあったと思うのです。

彼はこの小説で、自分の葛藤による罪悪感を絶えず弁明しているように見えました。自分の葛藤を正当化させるかのように、最後にはロドリゴは棄教…私としては批判的に見えざるを得ない小説でした。

 

しかし、「沈黙」は、世界中で評価され、戦後日本を代表する小説と言われています。

その葛藤や主人公の苦しみ、神と常に交わろうとする切実さ、その傍ら苦しむ百姓らを放って置けずどうすれば良いのか揺れる心…それらを驚くべく描写で書き出している、読んでいて苦しい小説です。

読者をここまで揺り動かすことのできる文章は、さすがの文才と舌を巻きます。

 

興味がありましたら、ぜひ一読することをオススメします。↓

 

 

 

沈黙 (新潮文庫)

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2.ネタバレありの感想

  ついに映画の感想ですm(_ _)m

 

前置きが長くなりました。映画自体は、冒頭にも書いた通り素晴らしかったとしか言えません。

ロドリゴの葛藤と、キチジローの演技は本当に舌を巻くものでした。

 

ロドリゴ演じる、アンドリュー・ガーフィールドは、私は今回の映画で初めて演技を見た俳優です。

最初出たとき、声が高いと思いつつ、綺麗な顔をしていると個人的に思いつつ、演技にのめり込まれました。

 

なにがすごいかって、彼がずっとナレーションするように手紙の朗読が彼の声でされるのですが、終盤に近づくにつれ神の声が自分の迷いのせいで聞こえなくなり、さらにそれで葛藤し、最後に踏み絵を迫られる瞬間、絵の中のイエスの声が聞こえる錯覚にとらわれます。その時までの揺れを忠実かつ切実に演じれていたことです。

 

 

個人的には、待ちわびたその声のようなものを聞くことができて、その上それが、「踏んでも良い、それで良いのだ…」という囁きであったのなら、なぜ踏んだ後にあのような号泣が出たのかと思ってしまいました。

主の御言葉は、人々に心の平安を与えます。

しかし、心の慰み、平安をその声によって得ることができなかったのなら、それは真なる主の声ではないとロドリゴ自身知っていたのでしょうか。どうなんでしょうね…

 

映画では、死体に、モキチからかつて預かった十字架(牢屋の中でロドリゴがそれを懐の奥ばったところにしまい込むシーンがある)があることを最後に映像で見せて、謎めいた終わらせ方をします。

 

これは、ロドリゴが本当に棄教をしたのか、棄教とはなんなのか、彼は結局最後までなにを思っていたのか…

 

踏み絵の後からロドリゴの手紙はないので、ロドリゴの内的解説はもうありません。見る人に判断を委ねています。

この終わらせ方は本当に余韻が残りますね(^_^;)

私は、ロドリゴが棄教を心からしたかどうかは置いといて、彼が心から平安だったかそれとも死ぬまで罪悪感に苛まれて苦しんだか、そちらの方が気になりました。

 

私がロドリゴだったら、徹底的に神を否定し続けることや、役人の言う通り踏み絵や棄教宣誓文を書くとかなどしたまま内心違うと棄教していなかったのかもなと思いました。代わりに、常に罪悪感に苛まれて辛かったことでしょう。プラスで言えば、死後パライソ(パラダイス、天国)に行けるかどうかも本人は色々悩んだり苦悩したんじゃないかなーと、個人的には思いました。

 

 

  キチジローについては、どう表現すれば良いのか…

とりあえずあの変身したかのような、ロドリゴを告発する傍ら告悔しているあの身の変わりよう!

それをあそこまで滑稽かつ卑怯に演じれた彼、窪塚洋介に驚かされました。正直に、1番視聴者の心に残るのではないかしらと思います 笑

 

 

 私は、踏み絵とか無駄だと思っていたし、日本人しか踏み絵などはさせません。

しかしそれは、信者のイエスを愛する心を揺さぶる行為であり、いくら聖書で偶像を愛するなと書かれていても、愛するものが描かれた絵を踏むのは抵抗がある、唾を吐くなどしたくない。

この感情は、皆さん持っているでしょう。例えばすごいガールズグループファンで、CDも出るごとに買い、ライブもよく行く人にそのメンバーの写真が踏めるか?唾を吐けるか?

 

踏み絵しちゃえばいいのに、と簡単にできちゃえばあれほど殉教者が出たはずはないのです。

 

ロドリゴも、偶像やものに終着する信仰は危ないと言います。また、お寺で自らの師、フェレイラと対峙した時、フェレイラの言う言葉はほとんどが彼の弁明のような論理的にキリスト教でなくても良いという回避思考でした。しかしそのうち弟子と話すことで少しずつ昔の感情が生き返ったのか、かつての話を少しします。

「日本はキリスト教が根付かない、もしくは根付きにくい国なのだ」と。そして、ザビエルが日本に来てイエスについてなんと説明したか言います。「あの太陽に例えたのだ」と。日本人はそれを、あの太陽がイエスなんだといっそ思うとか、そういう風に自然的偉大なものを介してしか理解ができなかったと嘆きます。

 

フェレイラは15年、日本で宣教していると自分で言うほど、それなりの宣教の限界を感じていたのでしょう。

私も思います。宣教すると言っても、それは長い年月をかけねば熟さないと身をもって思います。

 

 

 

  そして、私としては、井上筑後守がひどく印象的でした。彼は少しずつ、宣教師の心を侵食します。まずその手腕がすごい!

私もああされたらと思うと恐ろしい。

屈服せざるを得ないやり方だと思います。しかし、おそらく、井上も、それなりに揺れている宣教師を選んでいたのでしょうね。

 

ウィキペディアを見たら、「井上はかつて熱心な信者であった」とありました。

大変驚きました。

それであの追い詰め方は、本当にエグい人だなと恐怖を感じました。

印象的だったのは、なんども屋敷にロドリゴを連れて来て、改心を言葉で迫るところです。日本について説明し、自分たちがどうしてここまでキリスト教を根こそぎ抜こうと思っているのか。しっかり解明し、話そうと言うのです。

ロドリゴは、それに対しこう言います。あなた方と私では一生交えない。何故なら話の終着点に私らは他のことを求めているからだ。と答えています。

 そこでお互い答えがはっきりしているのは、ソレだの信念の強さが表れていて、迫力が凄かったです。

 

 

  もう一つ言うと、個人的に、日本人の話す英語が面白かったです。井上筑後守の英語もですが、通訳の男の英語はまじで上手でした 笑

それに比べて、パードレの日本語はたったの二言、ありがとございます…とか、一緒にいてくれて…です。少し対照的すぎるところも意図があるのでしょうかね。

 

 

まあ、とりあえず、批判とか色々言ってしまいましたが、沈黙の映画は多くの人が観るだろうと思われるので、

もし不信者が観たらキリスト教について印象がどうなるだろう…踏み絵は結局罪なの?とか、ロドリゴの聞いた声はなんなの本当にああ言うかな?とか、そういうのにキリスト教の反感を持たれたらちょっと悲しい。誤解も多く生まれる気もする。

 

でも一度観て欲しいとも思います。少なくとも色々考える機会を作れる映画であれほどインパクトの強い映画はないと思うからです。

 

 

また、もし殉教とか宣教について、もっと違う視点で観たいと思われる方がいらっしゃるなら、ぜひ「クォ・ヴァディス」や「ミッション」(ロバート・デ・ニーロ主演)を観て欲しいと思わずにはいられません。

殉教の意味を取り違えないで欲しい。

ぜひ観てみてください。↓

 

 

 

クォ・ヴァディス [Blu-ray]

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ミッション HDニューマスター版 [DVD]

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長くなりましたが、ここまで見ていただきありがとうございました。